研究背景
私たちの身体を作っている細胞の細胞膜は、リン脂質と呼ばれる成分によって構成されており、細胞外膜は図 1 のようなホスファチジルコリンと呼ばれる主成分から作られています。薬物や薬物送達を行うための微粒子が、細胞膜との相互作用により細胞内へ移行するには、親水性と疎水性のバランスが重要です。
近年、ホスファチジルコリンと同様の分子構造を側鎖に有する双性イオン高分子が、生体適合性高分子として注目されており、生体内へ留置してもタンパク吸着や免疫細胞による認識が回避されることから、双性イオン高分子を被覆した人工関節やコンタクトレンズが既に市販されております。しかしながら、双性イオン高分子はその生体適合性に伴い、血液中の成分や細胞との相互作用は抑制されますが、がん患部へアプローチした後、選択的にがん細胞と相互作用するには、双性イオン高分子に疎水部を導入する必要があります。ところが、2014 年に Roth らが報告しているように、疎水部を導入した双性イオン高分子の合成に際し、親水性の高い双性イオンモノマーと疎水性モノマーの共重合が、両者の溶解性が著しく異なるため困難であり、たとえ共重合が進行しても生成高分子が析出してしまう課題がありました。(Roth et al., Macromolecules, 2014, 47, 750-762)
そこで、我々の研究グループは、図 2 に示すように、有機溶媒や触媒を一切用いることなく、完全乾式プロセスで双性イオンモノマー (スルホベタインメタクリレート, SBMA) と疎水性モノマー (ベンジルメタクリルアミド, BnMA) の固相共重合を実施しました。
本共重合は、60 分間でいずれのモノマーも 91% 以上が高分子へと変換され、分子量が 9,200 g mol-1 の単分散性 (Mw/Mn = 1.10) の生成高分子が得られました。また、共重合により得られた生成物の HPLC 測定と分取により、主な生成高分子が PSBMA 65 mol% と PBnMA 35 mol% によって構成されており、ブロック共重合体の構造を形成していることを 1H/DOSY-NMR と DSC 測定により明らかにしました。また、各モノマーの固相重合活性について量子化学計算を用い明らかにした後、生成物の解析を行うことで、図 3 に示すメカニズムに従い本共重合が進行していることが示唆されました。
得られた疎水部を導入したスルホベタインポリマーは、水溶液中にて 1 ヶ月以上安定であり、血液中に存在するタンパク質として知られるアルブミンやフィブリノーゲンとの相互作用が抑制され、タンパク吸着に伴う粒子サイズの増大が起こりにくいことを動的光散乱測定 (DLS) 法により明らかにしました。
さらに、疎水部を導入したスルホベタインポリマーは、がん細胞へ投与すると、5 分以内に細胞内へ取り込まれ、疎水部を導入していないスルホベタインポリマーは 4 時間後にも取り込まれないことを実証しました。(図 4)
一方、疎水部としてベンジル基以外のナフチル基やピレン基を導入したスルホベタインポリマーでは、水への溶解性が顕著に低下したことから、ポリマー単独では細胞へ応用することが困難であり、本研究で用いたベンジル基による疎水性水和相の形成が、がん細胞との相互作用に重要であることが示唆されました。したがって、スルホベタインポリマーを用いた薬物送達には、僅かな疎水部の導入が不可欠であることを本研究により実証することができました。
以上の知見より、本研究では、有機溶媒や触媒を一切用いることなく、固相重合技術によって疎水性鎖を導入したスルホベタインポリマーを創出し、得られたポリマーが超短時間でがん細胞へ内在化することを明らかにしました。本研究成果は、岐阜薬科大学 薬物送達学大講座 薬品物理化学研究室の 土井 直樹 講師、近藤 伸一 教授らによるものであり、アメリカ化学会の Macromolecules 誌 (H-Index=348, 2 years-Impact Factor=5.2) に公開されました。
現在、抗がん剤を結合したスルホベタインポリマーが、がん細胞へ内在化し高効率に抗がん剤を放出することで制がん活性が認められることを明らかにしており、がん治療への応用を目指しています。
本研究成果のポイント
- 従来の液相重合の課題であった、双性イオンモノマーと疎水性モノマーの共重合を、固相重合技術によって解決し、スルホベタインポリマーに疎水部を導入したブロック共重合体を新たに開発した。
- 機械的エネルギーを一定の条件下で固相共重合を実施すると、固体モノマーの仕込み比によらず、親水性鎖と疎水性鎖が所定の組成を有するブロック共重合体が合成されることを明らかにした。
- 疎水性鎖としてベンジル基を導入したスルホベタインポリマーは、がん細胞への投与から僅か 5 分間で細胞内へ取り込まれることを明らかにした。
論文情報
- 雑誌名:Macromolecules
- 論文名:Amphiphilic Sulfobetaine Copolymer for Boosting Internalization into Cancer Cells: Synthesis by Green Innovative Solid-State Copolymerization and Characterization
- 著者:Naoki Doi, Yukinori Yamauchi, Yasushi Sasai, Tsukasa Ide, Hiroya Ishizuka, Taiyo Inagaki, Miyu Sato, Masayuki Kuzuya, Shin-ichi Kondo
- DOI番号:https://doi.org/10.1021/acs.macromol.5c01571
研究室HP
薬品物理化学研究室
https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/bukka/
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