ヒト表皮細胞のヒアルロン酸代謝経路を解明!―真皮の線維芽細胞とは全く異なる経路で合成と分解が制御されている―
研究教育成果
香粧品健康学寄附講座の阿部 弥紀(2023年度卒)、増田 愛美(2022年度卒)、水谷 有紀子特任准教授、井上 紳太郎特任教授と、山口大学との共同研究成果が、Journal of BiologicalChemistry誌に掲載されました。[Available online 4 June 2024]
研究成果の概要
表皮細胞で満たされている表皮層では、細胞の間隙に高濃度の高分子ヒアルロン酸(HA)で満たされており、血管のない表皮層で水分やイオンの保持、表皮厚の保持などに重要な役割を果たしています(図A)。表皮のHAの合成を促進するレチノールは、抗シワ薬用化粧品に有効成分として配合されています。角層には低分子化されたHAが含まれているため、高分子HAは角化(分化)に伴い低分子化されていると考えられますが、HAの分解や合成に関わるプレーヤーはこれまで明らかになっていませんでした。
今回、研究グループは、通常、細胞内に存在する"ライソソーム酵素"として知られるヒアルロニダーゼ1(HYAL1)が、表皮細胞では細胞外に分泌されており、細胞外pHが弱酸性化すると分解活性が発現することを見出しました(図B)。以前明らかにした真皮線維芽細胞でHA分解をになうHYBIDは全く分解に関与せず、マウスでのHA分解酵素であるTMEM2も線維芽細胞同様に分解活性を示しませんでした。興味深いことに、線維芽細胞ではTMEM2は、HYBIDの発現を抑制しHA合成酵素HAS2の発現を促進することで高分子HAを増加させる制御因子ですが、表皮細胞では、TMEM2は異なるHA合成酵素HAS3の発現を抑制することで、逆に、高分子HA量を減らす制御因子であることが分りました。TGFβは線維芽細胞ではHAS2発現を高めてHA合成を促しますが、逆に、表皮細胞ではHAS3発現を抑制してHA合成を減少させ、逆方向にはたらくことも明らかにしています。TMEM2はこのTGFβの作用と共通しており、今後、両因子の関連性をさらに調べる必要があります。
真皮層では、中間サイズに分解されたHAはリンパ節や肝臓などでさらに分解されますが、表皮層では体内に移行するというよりは分解後角層の落屑によって体外に排泄されるという違いがあります。また、角層のHA断片は水分保持能を高めてる役割を果たしている可能性があります。今回の研究成果から、表皮と真皮でHAの代謝制御は異なる方法が必要であることが分り、化粧品や医薬品開発にとって重要な知見です。
本研究成果のポイント
- 表皮細胞では分泌型のHYAL1が、真皮線維芽細胞ではHYBIDが高分子HAの分解を担っており、HAの合成には、表皮細胞ではHAS3、線維芽細胞ではHAS2が主たる役割を果たしている。
- TMEM2は、表皮細胞においても分解に関与はせず、むしろ、HAS3の発現を抑制する制御因子である。一方、線維芽細胞では、HAS2発現を促進し、表皮と真皮でHA合成を逆方向に制御する。これは、TGFβの作用(HAS2を発現促進しHAS3発現抑制)と類似している。
- 化粧品や医薬品の開発において、表皮層と真皮層のHA代謝は個別に制御する必要がある。
論文情報
- 雑誌名:Journal of Biological Chemistry
- 論文名:Epidermal keratinocytes regulate hyaluronan metabolism via extracellularly secreted hyaluronidase 1 and hyaluronan synthase 3.
- 著者:Minori Abe, Manami Masuda, Yoichi Mizukami, Shintaro Inoue, Yukiko Mizutani
- DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2024.107449