概要
感染制御学研究室では、マウスの病原細菌であるCitrobacter rodentium (以下、C. rodentium)の腸管感染モデルを用いた研究を行っています。今回、C. rodentiumが産生する蛋白質に対する抗体産生には、C. rodentiumの腸管上皮細胞への接着が必須であることを発見しました。
本研究成果は、腸管に存在する膨大な数の常在細菌に対する免疫応答が最小限に抑えられる一方で、病原細菌感染時に適切な免疫応答が誘導される機序の解明に貢献すると期待できます。
C. rodentiumはマウスの大腸上皮細胞に接着して腸管の炎症を引き起こします。そのメカニズムは、ヒトに感染して出血性大腸炎などを引き起こす腸管出血性大腸菌(代表的な血清型はO-157)と類似しており、ヒトの腸管出血性大腸菌感染症、あるいはクローン病や潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患を研究するためのモデルとしてよく使用されています。
今回、我々の研究室では、C. rodentiumが感染した時の免疫応答とC. rodentiumの大腸上皮細胞への接着の関係性を検討しました。まず、接着に必須の細菌蛋白遺伝子であるtirの一部を欠損する変異株を作製しました。そして、この変異株をマウスに感染させたときの免疫応答を、野生株を感染させた場合と比較しました。その結果、接着性を失った変異株を感染させたマウスではC. rodentiumが腸管内で産生する蛋白質に対する抗体産生がほとんど起こらないことを発見しました。
研究の背景
我々の腸管内には膨大な数の腸内細菌が住んでいます。このような常在細菌に対しては、過剰な免疫応答が起こらないように常に免疫応答が制御されています。一方で、病原細菌の感染時や上皮細胞に接着する少数の常在細菌(ほとんどの常在細菌は粘液表面に住んでおり、上皮細胞表面はほとんど細菌がいない)に対しては、細菌由来蛋白に対する免疫応答が誘導されます。これらのことから、細菌の上皮細胞への接着が腸管における免疫応答の開始に重要であることが推測できます。実際、上皮細胞への接着性を有する病原細菌の感染でみられるT細胞の活性化が、接着性を欠く病原細菌の感染では低下することが知られていました。しかし、細菌の上皮細胞への接着と抗体応答の関係性については不明な点が多く残されていました。そこで我々は、接着性を欠くC. rodentiumの変異株を用いて、この課題の解明に取り組みました。
研究の手法と結果
細菌の上皮細胞への接着と抗体産生(および産生された抗体の特異性)の関係を明らかにするため、接着に必須のC. rodentiumの蛋白であるTir(translocated-intimin receptor)をコードする遺伝子の欠損株を作製しました。
Tirを介した上皮細胞への接着はC. rodentiumが腸管内に定着するために必須な現象です。通常のマウスにTir欠損株を投与しても常在細菌の働きにより腸管内から速やかに排除されてしまうことから、接着と抗体産生の関係を調べるためには野生株とTir変異株が腸管内に同程度存在する状況を作る必要がありました。そこでアンピシリン、カナマイシン、バンコマイシン、ネオマイシンを混合した抗菌薬カクテルを経口投与し、腸内の常在細菌を減少させたマウスに野生株とTir変異株を感染させました。その結果、抗菌薬カクテルを投与したマウスでは糞便中に実験期間を通して同量の野生株と変異株が検出され、同程度の菌数が腸管内に存在する状況を作ることができました。
この条件で野生株と変異株を感染させたマウスの血液と糞便中に含まれる抗体について、どの抗原に対する抗体がどの程度産生されているか調べました。その結果、C. rodentium菌体表面を覆うリポ多糖体(LPS)に対する抗体は血液、糞便中ともに野生株と変異株で同程度産生されていることが分かりました。一方、C. rodentiumの菌体表面蛋白質や分泌蛋白質に対する抗体は、変異株の感染では誘導されていないことが分かりました。
野生株と変異株で、腸管内での病原性蛋白の産生量、菌の肝臓や脾臓への移行性には差がみられませんでした。一方、大腸上皮細胞に接着している細菌数は意図した通り、変異株で激減していました。病原性蛋白に対して抗体応答が起こらない原因を明らかにするため、感染マウスの大腸組織の遺伝子発現を、次世代シークエンサーを用いて網羅的に解析しました(RNA-seq)。その結果、野生株の感染でみられる免疫応答関連遺伝子の発現増加が、変異株の感染では一部を除いてほとんどみられないことが明らかとなりました。
すなわちC. rodentiumの腸管上皮細胞への接着は、C. rodentiumへの免疫応答を開始する鍵となっている現象であると考えられました。
本研究成果のポイント
- C. rodentiumの上皮細胞への接着が免疫応答の開始に重要であることが明らかになりました。
- この成果は、腸管での病原細菌の感染時に適切な免疫応答が誘導されるメカニズムの解明に貢献すると期待できます。
論文情報
- 雑誌名:ImmunoHorizons
- 論文名:
Intimate Adhesion Is Essential for the Pathogen-Specific Inflammatory and Immune Responses in the Gut of Mice Infected with Citrobacter rodentium
- 著者:Keita Takahashi, Tsuyoshi Sugiyama, Nagisa Tokunoh, Shun Tsurumi, Tetsuo Koshizuka and Naoki Inoue
- 巻号:5巻10号
- ページ:870-883
- DOI番号:https://doi.org/10.4049/immunohorizons.2100087