『ロンドン分散力』は、ファンデルワールス力の引力部分のことを意味しますが、その引力は非常に弱く、化学反応に及ぼす影響は極めて小さいと考えられてきました。一方、ベンザインの(2+2)付加環化反応は、古くから知られる化学反応ですが、得られるビフェニレンの収率が低いため、これまであまり注目されていませんでした。また、その配向については、全く報告例がなく、詳細は謎に包まれていました。著者らは、この『ロンドン分散力』を利用することで、ビフェニレンの収率を大幅に改善すると共に、その配向を制御することに成功しました。すなわち、ベンザインの3位置換基を嵩高くするにつれて、生成物の収率が改善されると同時に、どう考えても立体的に不利な生成物の生成比が上昇することを明らかにしました。更に、本反応を多環式ベンザインへと適用することによって、新規らせん状分子を選択的に合成することに成功しました(図1)。得られた分子が持つ特徴的な骨格は、新規有機触媒や不斉配位子、医薬品などに利用できる可能性があります。今回、著者らが開発した反応は、『ロンドン分散力』によって化学反応を完全に制御した初めての例であり、今後、新しい反応を設計する際には『立体障害』だけでなく、『ロンドン分散力』を十分に考慮するべきであることを示唆しています。

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 本論文は、アメリカ化学会誌の中で最も権威のあるJournal of the American Chemical Society (JACS) Cover Artに採用されました(図2)。このCover Artは著者らが新しく合成した『無限の可能性を秘めたらせん分子』になぞらえ、『無限に長く伸びたらせん階段』を背景に使用しました。らせん階段の下方では、原料である多環式ベンザインを口に咥えたヤモリが二匹、らせん階段を登っています。ヤモリは、今回著者らが用いた『ロンドン分散力』を利用して壁を這うことが最近、報告され、たいへん大きな注目を集めました(ヤモリの足の裏にその秘密があります。詳しくは以下論文をご参照下さい→K. Autumn et al. Nature 2000, 405, 681-685)。著者らは、ヤモリが操る『ロンドン分散力』を使って反応の位置制御を達成したことを本Cover Artに表現しました。

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 最後に、本研究は、立教大学、筑波大学、大阪大学と共同で実施した研究であり、理論面で多くのサポートを頂きました常盤広明先生、重田育照先生、実験面でのサポートを頂きました赤井周司先生に感謝申し上げます。また、X線測定にご協力頂きました青山浩先生、精力的に実験を実施してくれた平郡耀人さん、村上智成さん、福元豊さん、山本雄大さんを中心とする学生さん達に、心より御礼申し上げます。

本研究成果のポイント

  • 『ロンドン分散力』を巧みに操ることで『らせん分子』の合成に成功した!
  • 今回、世界で初めて合成した『らせん分子』は、将来、医薬品や触媒分子などの骨格に利用される可能性を秘めている。

論文情報

  • 雑誌名Journal of the American Chemical Society
  • 論文名

    Could London Dispersion Force Control Regioselective (2 + 2) Cyclodimerizations of Benzynes? YES: Application to the Synthesis of Helical Biphenylenes

  • 著者

    Takashi Ikawa, Yuta Yamamoto, Akito Heguri, Yutaka Fukumoto, Tomonari Murakami, Akira Takagi, Yuto Masuda, Kenzo Yahata, Hiroshi Aoyama, Yasuteru Shigeta, Hiroaki Tokiwa, and Shuji Akai

  • 巻号:143巻、28号
  • ページ:10853-10859
  • DOI番号:10.1021/jacs.1c05434

研究室HP

https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/yakuhin/