岐阜薬科大学

Highlight

 本研究は、正常細胞に比べがん細胞に多く存在している二価鉄を標的とした、アルテミシニンの選択的ながん細胞内デリバリーを実現する膜透過型ポリマーコンジュゲートを開発し、フリーラジカルの産生によりがん細胞の脂質過酸化が惹起され、フェロトーシスを誘導することを明らかにしました。

 本研究成果は、岐阜薬科大学 薬物送達学大講座 薬品物理化学研究室の土井 直樹 講師、B6 小池 彩歌さんが中心となって研究に取り組み、B6 井川 円花さん、B5 吉本 泰さん、B5 山田 哲士さん、近藤 伸一 教授らによって遂行され、Wiley 誌の Macromolecular Rapid Communications (Impact Factor=4.67) にオープンアクセスにて公開されるとともに、雑誌の Front Cover (表紙) に選ばれました。

 

研究背景と成果

 スルホベタインポリマーは、細胞膜を構成するホスファチジルコリン等のリン脂質の分子構造を模倣した側鎖構造を有する高分子であり、タンパク吸着が起こりにくく、かつ免疫細胞に認識されにくい生体適合性高分子として知られています。近年、岐阜薬科大学 薬品物理化学研究室の土井講師らの研究グループは、スルホベタインポリマーそのものではがん細胞に入り込むことが抑制され、疎水性高分子鎖を僅かに導入したスルホベタインポリマーは、血液中のタンパク質との相互作用を回避しながらも僅か 5 分でがん細胞へ侵入することを見出しました。[N. Doi et al., Macromolecules, 58(22),12163-12180 (2025)] そこで、細胞膜透過性を有する両親媒性スルホベタインポリマーの特徴を活かした、がん細胞内への薬物の高濃度な集積は、高効率ながん薬物治療戦略が期待できます。

 アルテミシニンは、二価鉄との反応によりフリーラジカルを発生させ、細胞膜やオルガネラ膜を構成する脂質の過酸化を惹起することで、二価鉄依存的な細胞死、いわゆるフェロトーシスを誘導する薬物です。しかしながら、アルテミシニンの誘導体はいずれも水溶性が低く、血中半減期が数十分と短いため、アルテミシニンを用いたがん治療には選択的かつ高効率なアルテミシニンのがん細胞内送達が切望されています。そこで、土井講師らの研究グループは、アルテミシニンを修飾した 3 種の新規固体ビニルモノマーを設計・合成し、[N. Doi et al., Chem. Pharm. Bull., 74 (3), 260-268 (2026)] 最も重合活性の高いモノマー (ART-ethyl-MA) とスルホベタインモノマー (SBMA) の共重合によって、アルテミシニンをスルホベタインポリマーに導入した複合体(コンジュゲート)を新たに開発しました。(図 1)

figure_01.webp

 SBMA と ART-ethyl-MA はいずれも 90% 以上の転化が 60 分間の共重合により認められ、数平均分子量 8,000 g mol-1 のコンジュゲートが得られました。得られたコンジュゲートは二価鉄との反応により、ペルオキシ構造の開裂後、C3-C4 位の結合の開裂を伴ったラジカル転移反応によって、第 1 級炭素中心ラジカルを優位に発生することが示唆されました。(図 2 (a, b))

 また、蛍光物質をラベル化したコンジュゲートは、がん細胞への投与から 2 時間後にかけて細胞内の蛍光強度が増大し、その後飽和傾向を示しました。さらに、各エンドサイトーシス阻害剤の前処理ならびに 4 ℃ においても同程度の細胞取込が生じたことから、本コンジュゲートはエネルギーを必要としない膜透過によってがん細胞へ侵入することが示唆されました。(図 2 (g))

figure_02.webp

 また、比較検討群である Artesunate と 本コンジュゲートのヒト肝がん細胞株 (HepG2) に対する細胞障害性を表す IC50 値は、それぞれ 136 μM と 211 μM を示し、二価鉄の前処理あるいは各薬剤との同時投与によって各 IC50 は顕著に低減しました。また、細胞に鉄が供給されるトランスフェリン受容体の発現量が HepG2に比べ少ないために、二価鉄濃度が低いと考えられる初代正常ヒト肝細胞株 (PHH) についても同様に検討したところ、両者の IC50 値は 500 μM と明らかな細胞障害性の低減が認められました。そこで、鉄キレート剤であるデフェロキサミンあるいは脂質過酸化の阻害剤であるフェロスタチン-1 を前処理した HepG2 に各薬剤を投与すると、それぞれの細胞毒性は 10% 未満へと低減したことから、フェロトーシス経路の関与が強く示唆されました。(図2 (c, d))

 さらに各薬剤の他、疎水性鎖を導入していないスルホベタインポリマーと、アルテミシニンを結合していない疎水性鎖を導入したスルホベタインポリマーをそれぞれ高濃度で HepG2 へ投与後、24 時間インキュベートした細胞について乳酸脱水素酵素(LDH) assay を行ったところ、スルホベタインポリマーと疎水性鎖を導入したスルホベタインポリマーでは LDH の漏出が認められず、Artesunate ならびに本コンジュゲートでは LDH の明らかな漏出が認められたことから、フェロトーシスの誘導にはスルホベタインポリマーへのアルテミシニンの導入が不可欠であることを明らかにしました。(図 2 (e)) さらに、本コンジュゲートの投与は、HepG2 を構成する脂質の約 20% の過酸化を惹起しました。(図 2 (f)) 以上の知見は、がんの選択的なフェロトーシス誘導に向けた薬物送達システム (DDS) に貢献する高分子医薬品として有用であると考えられます。

 

論文情報

  • 雑誌名:Macromolecular Rapid Communications
  • 論文名:Biocompatible Sulfobetaine Polymer-Artemisinin Conjugates Inducing Ferroptosis in Cancer Cells: Synthesis by Mechanochemical Solid-State Polymerization and Characterization
  • 著者:Naoki Doi, Yukinori Yamauchi, Yasushi Sasai, Ryosuke Nagai, Ayaka Koike, Madoka Ikawa, Toru Yoshimoto, Satoshi Yamada, Masayuki Kuzuya, Shin-ichi Kondo
  • DOI番号https://doi.org/10.1002/marc.70341

研究室HP

https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/bukka/