研究の背景
生命活動を支えるタンパク質や多くの医薬品に含まれるチオールは、その高い反応性から、生体分子の標識(ラベリング)や誘導化において極めて重要な官能基です。とりわけ、チオールのアルキニル化によって得られるチオアルキンは、多様な分子を効率的に連結できる「クリック反応」の起点として機能するため、有機合成化学、化学生物学、創薬化学において大きな注目を集めています。
しかし、従来のアルキニル化反応では、塩基や遷移金属触媒、あるいは塩基性緩衝液の使用が不可欠であり、生体分子や医薬品への応用において条件面での制約が課題となっていました。そのため、中性条件下で穏やかに進行する新たなアルキニル化反応の開発が強く求められていました。
研究の成果
本研究では、独自に設計・開発した高反応性の超原子価ヨウ素アルキニル化剤であるトリイソプロピルシリルジイニルベンズヨードキソロン(TIPS-diyne-BX)を用いることで、外部から塩基を一切添加することなく、室温下で「ただ混ぜる」だけという極めて簡便な操作により、短時間で反応が進行することを見出しました。
本手法を用いることで、アミノ酸の一種であるシステインやチオ糖誘導体、さらには血圧降下剤として知られるカプトプリルなど、複雑かつ官能基に富んだ化合物に対しても、ジイン構造を導入することに成功しました(Scheme 1)。

さらに、TIPS-diyne-BXが塩基を用いない条件でも高い反応性を示す要因を明らかにするため、関連する反応剤と比較したDFT計算を行いました。その結果、TIPS-diyne-BXは比較的低いLUMOエネルギーを有し、超原子価ヨウ素中心が最も高いδ+性を示すことが明らかになりました。また、α炭素のδ−性が低いことから、超原子価ヨウ素中心へのチオール配位と、それに続くα炭素への付加反応の双方が効果的に促進されていることが示唆されました(Figure 1, 2)。

本手法で得られた1,3-ブタジイニルスルフィドは、さらなる分子変換が可能です。例えば、2回のアジド−アルキン環付加反応(クリック反応)を行うことで、特徴的な構造を有するトリペプチド類縁体へと導くことができます。また、[2+2]環付加反応によるシクロブテン誘導体の合成にも成功しました。
本成果は、医薬品や天然物の構造や機能を維持したまま分子修飾を可能にするものであり、次世代の創薬研究やケミカルバイオロジー分野における基盤技術となることが期待されます。
研究助成
本研究は、JSPS科研費(19K06977, 22K06530)、武田科学振興財団、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、小川科学技術財団、ヨウ素学会ヨウ素研究助成、COMIT創薬シーズ共同研究などの支援を受けて実施されました。
論文情報・掲載誌
本研究成果は、岐阜薬科大学合成薬品製造学研究室(魚住龍成氏、内藤匠人氏、多田教浩講師、伊藤彰近教授)と、兵庫医科大学医学部化学研究室(江嵜啓祥准教授)による共同研究であり、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)発行の学術誌Organic & Biomolecular Chemistryに掲載されました。
本論文は、同誌のBack Front Coverに採用されています。

本研究成果のポイント
- 超原子価ヨウ素試薬を用いることで、極めて簡便な操作で分子変換が可能
- システイン誘導体や既存医薬品を温和な条件で誘導化できる
- 得られた生成物を起点として、クリック反応によるさらなる誘導化が可能
論文情報
- 雑誌名: Organic & Biomolecular Chemistry
- 論文名: External base-free electrophilic diynylation of thiols with diynyl benziodoxolone
- 著者: Ryusei Uozumi, Takuto Naito, Hiroyoshi Esaki, Norihiro Tada*, and Akichika Itoh*
- 巻号:23巻
- ページ:10045-0050
- DOI:10.1039/d5ob01384d
- 論文URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/ob/d5ob01384d
