岐阜薬科大学の原英彰学長、中村信介准教授、久世祥己助教、嶋澤雅光教授らの研究グループは長良医療センターとの共同研究により、従来開発されていなかった「ヒトiPS細胞由来の血管構造を有する網膜オルガノイド(臓器様構造体)」の作製に成功しました。

糖尿病網膜症、網膜静脈閉塞症、未熟児網膜症などの網膜血管疾患はいずれも重篤な視覚障害を引き起こす眼疾患であり、その発症・進展の分子機構には未だ不明な点が多く、その仕組みはまだ良くわかっていません。細胞、マウス、サル等を用いた網膜血管疾患モデルがいくつか存在しますが、病気の全容解明にはヒト病態に近い疾患モデルの開発が必要です。また、新たな治療薬の開発を展開する上で、ヒトへの外挿性に優れた薬効評価系、すなわちヒト網膜血管疾患モデルが有用であると考えられています。

研究グループは、ヒトiPS細胞由来の血管構成細胞を混合した未分化な細胞集団から網膜細胞への分化誘導によって、血管構造を有するヒト網膜オルガノイドの作製に成功し、糖尿病網膜症モデルとしての有用性を示しました。本モデルは、網膜血管疾患のヒト病態の解明に有益であり、新規治療法開発に貢献することが期待されます。

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本研究成果は、英国科学雑誌『Stem Cells』に掲載されました(オンライン版公開日:日本時間 2025年3月5日)。

本研究成果のポイント

  • iPS細胞から血管構造を有するヒト網膜オルガノイド(臓器様構造体)の作製に成功した。
  • 血管構造を有するヒト網膜オルガノイドの培養環境を糖尿病様状態にすることにより、オルガノイドサイズや神経細胞数の減少が認められた。
  • 網膜血管疾患に対する新規治療法開発に貢献することが期待される。

研究成果の概要

糖尿病網膜症(※1)などの網膜血管疾患は、中途失明原因の上位を占めており、未だに根治の難しい疾患です。新規治療法の開発には、薬理作用や毒性を適切に評価できるヒト病態に近い疾患モデルの開発が必要とされています。研究グループがこれまでに確立したマウスやサルなどを用いた様々な網膜血管疾患モデル(Fuma S et al. Sci Rep 2017, Inagaki S et al. Curr Neurovasc Res. 2020等)を含め、世界的に動物モデルがいくつか開発されてきました。しかしながら、眼血管疾患の発症・進展機構の解明、より短期間でコストを抑えた医薬品の開発を行うにはヒトへの外挿性に優れた評価系、すなわちヒト網膜血管疾患モデルの開発が求められていました。本研究では、ヒト網膜血管疾患モデルの作製を目的に、iPS細胞から血管構造を有する網膜オルガノイド(※2)の開発を目指しました。

最初に、研究グループはヒトiPS細胞由来の網膜オルガノイド(ヒトiPSC網膜オルガノイド)および血管オルガノイドを作製し、発生学的解析を基に両者の共培養を実施しました。しかしながら、その培養条件において、ヒトiPSC網膜オルガノイド組織内部に血管内皮細胞が遊走するのみで、血管構造を形成させることは困難であることが判明しました。そのため、以下に示す別の方法を検討しました。

ヒトiPSC血管オルガノイドを酵素分散し、血管構成細胞を得た後、その細胞をヒトiPS細胞に混合して網膜オルガノイドへの分化誘導を実施したところ、ヒトiPSC網膜オルガノイド作製が可能であることを確認しました(図1)。また、その組織学的解析により、内部にCD31およびコラーゲンIV(ColIV)陽性の血管構造が存在することを明らかにしました(図2)。さらに、Brn3陽性の網膜神経節細胞(※3)やChx10陽性の前駆細胞などを含むことも明らかにしました。以上のことは、血管構造を有するヒトiPSC網膜オルガノイドが作製できたことを示しています。

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血管構造を有するヒトiPSC網膜オルガノイドの特性解析として、組織サイズや神経成熟度の評価を実施しました。組織サイズについては、血管構造を有するヒトiPSC網膜オルガノイドは従来オルガノイドよりも大きいことを明らかにしました。また、神経の成熟度については、網膜神経節細胞の成熟マーカーであるニューロフィラメント重鎖(NFH)や、ヒト生体網膜において血管の侵入開始時期に発現増加するγシヌクレイン (SNCG) の評価を進め、血管構造を有するヒトiPSC網膜オルガノイドでは上記因子の発現増加が認められることを明らかにしました。

最後に、今回作製した血管構造を有するヒトiPSC網膜オルガノイドについて、疾患モデルとしての有用性を評価するため、糖尿病網膜症を再現した培養条件を設定し、検討を実施しました。既存の報告に従い設定した糖尿病様の培養条件(21日後)において、血管構造を有するヒトiPSC網膜オルガノイドでは、組織サイズおよび網膜神経節細胞の減少が認められました(図3)。また、神経軸索の減少傾向が確認されました。これらは糖尿病網膜症患者における病変と類似することから、本モデルが糖尿病網膜症の一部の病態を再現可能であることが明らかになりました。
(概略図、図1~2は論文中Graphical abstract 及びFigureを改変の上、転載した。)

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研究成果の意義・今後の展開

iPS細胞から作製した血管構造を有するヒト網膜オルガノイドの作製並びに糖尿病網膜症の一部病態を再現することに成功しました。今回のヒト血管化網膜オルガノイドモデルは、糖尿病網膜症のみならず、その他の網膜血管疾患についても応用可能であると考えられます。今後の検討により、様々な網膜血管疾患のヒト病態解明並びに治療標的の探索が進むことが期待されます。

用語解説

※1 糖尿病網膜症
糖尿病の3大合併症の一つで、我が国では成人の失明原因の上位に位置する。

※2 オルガノイド
臓器様構造体。臓器のような機能、組織構造を有する。

※3 網膜神経節細胞
網膜の内層に位置し、視覚情報を網膜から脳へ伝えるために重要な役割を担う。

本研究は、武田科学振興財団(研究代表者:中村信介)などの支援を受けて行ったものです。

論文情報

  • 雑誌名:Stem Cells
  • 論文名:Establishment of vascularized human retinal organoids from induced pluripotent stem cells
    (ヒトiPS細胞由来の血管化網膜オルガノイドの開発)
  • 著者名:Satoshi Inagaki, Shinsuke Nakamura, Yoshiki Kuse, Kota Aoshima, Michinori Funato, Masamitsu Shimazawa, Hideaki Hara*
    (稲垣賢, 中村信介(同等筆頭著者), 久世祥己(同等筆頭著者), 青島弘汰, 舩戸道徳, 嶋澤雅光, 原英彰)
  • DOI番号: doi.org/10.1093/stmcls/sxae093

研究室HP: https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/seitaikinou/