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不均一系触媒は均一系触媒と比較して、取り扱いや反応生成物との分離が容易で回収・再利用が可能であり、クリーンな反応プロセスの構築に有用です。代表的な不均一系触媒であるPd/Cはオレフィン、ニトロ、アジド、エポキシド等の中性条件下での穏和な還元的官能基変換法として繁用されています。
しかし、触媒活性が高く、ほとんどの還元性官能基の還元を触媒してしまうため、官能基選択的に接触還元を行うことは困難でした。
一方、イオウ化合物などの物質はPd/Cなどの遷移金属触媒の活性を強く抑制することが知られています(触媒毒性)。これを利用して触媒活性を制御することで、官能基選択的接触還元法を開発することが可能です。
当研究室では選択的接触還元法の開発を目指して、触媒毒を積極的に活用することで、Pd/Cに官能基選択性を付与するための検討を行っています。その結果Pd/C触媒による接触還元系に、弱い触媒毒として知られるアミンなどの窒素性塩基を添加すると還元触媒能が低下し、アルコールの保護基として繁用されるベンジル基の水素化分解が選択的に抑制されることを見いだし、これを一般性のある官能基選択的接触還元法として確立しました。
1-1で示した知見を応用して、メタノール中アルゴン雰囲気下、Pd/Cを大過剰のエチレンジアミンで処理することにより、単離可能なPd/C–エチレンジアミン複合体触媒[Pd/C(en)]が得られることをつきとめました。
この触媒はPd/Cと異なり、ベンジルエーテル、脂肪族アミンのN-Cbz基、エポキシド、O-TBDMS基、およびベンジルアルコール等に対する還元活性が消失しているため、これらの官能基共存下における他の還元性官能基の選択的接触還元反応が可能です。また、Pd/C(en)はPd/Cに見られるような発火性を示さず、試薬瓶中での長期保存や回収・再利用が可能であるといった利点があります。
現在、和光純薬工業株式会社から5%Pd/C(en)と10% Pd/C(en)が製造・販売されています。
パラジウム–フィブロイン複合体(Pd/Fib)は絹の構成タンパクであるフィブロインにPdを担持した不均一系接触還元触媒で、Pd/CやPd/C(en)とは異なる官能基選択性を示します。
当初は絹フィブロインに触媒活性中心を埋め込んだ人工酵素様触媒の開発を目指して研究を進めました。Pd/Fibは常温・常圧下、水素添加なしに、酢酸パラジウムのメタノール溶液にフィブロインを浸し超音波処理するのみで調製することができます。この触媒は、発火性を示さず、ピンセットでの秤量が可能で反応後は濾去に引き続き濾液を濃縮するだけで目的物を得ることができます。Pd/Fibは還元活性が低く、Pd/CやPd/C(en)を触媒とした場合に容易に還元される芳香族ハロゲン、芳香族カルボニル基、ベンジルエステル、N-Cbz等の還元性官能基の接触還元を触媒しません。
そのため、これらの官能基共存下、オレフィン、アセチレン、アジド及びニトロ基のみを選択的に水素化することが可能になりました。
現在、和光純薬株式会社より、Pd/Fibとして製造・販売されています。
アルキン及びその誘導体は種々の有機化合物の合成中間体として重要な物質です。
特にアルケンへの選択的水素化は合成化学的応用だけではなく、触媒選択性発現といった観点からも非常に興味が持たれる課題で、古くから多くの研究が行われています。
その代表例として、パラジウムを炭酸カルシウムに担持させ、酢酸鉛で被毒したリンドラー触媒にキノリンを添加する手法があり、2置換アルキンをcis-アルケンへと高選択的に水素化します。 しかし、この方法には毒性の高い鉛を触媒毒として用いるため環境負荷が高いことに加え、末端アルキン以外には適用困難であるといった欠点があります。 当研究室では、Pd/Cに触媒毒である窒素性塩基を添加することで還元触媒能を低下させ、官能基選択的な接触還元を行うことに成功しています。 かかる背景から、分子内に多数の窒素性塩基を有するポリエチレンイミンを担体かつ触媒毒として利用した新規アルキン部分水素化触媒の開発ならびにその反応性について検討しています。
<Comparison with Lindlar Catalyst>
代表的な不均一系触媒であるPd/Cは、オレフィンやアセチレン等の接触水素化あるいはベンジル保護基の脱保護等に繁用されています。
しかし、その高い接触還元活性のため複数の還元性官能基を有する基質に対して選択的に適用することは困難でした。 このため、一般性ある官能基選択的還元法が開発できれば、官能基の保護、脱保護の工程を省くことで合成経路の短縮や新規合成ルートの開拓が可能となる等、有機合成的価値は高いものといえます。
当研究室では強力な触媒毒を有する硫黄に着目し、Pd/Cを用いた接触還元条件下に様々な硫黄系触媒毒による還元抑制効果を検討してきました。
その結果、ジフェニルスルフィドを触媒量添加することでPd/Cの触媒活性を強力かつ適度に抑制することを見出し、これを芳香族ハロゲン、芳香族カルボニル基、ベンジルエステル及びN-Cbz基存在下におけるオレフィン、アジド基の選択的かつ一般的接触還元法として確立しました。
また、本法の応用としてPd/Cにジフェニルスルフィドを固定化したPd/C[Ph2S]の開発に成功し、芳香族ハロゲン、芳香族カルボニル基、ベンジルエステル及びN-Cbz基存在下においてオレフィン、アジド基に加えて芳香族ニトロ基も選択的に還元することが可能となりました。
芳香環の還元は、修飾容易な芳香族化合物から、医薬品や機能性材料あるいはその中間体として利用される多置換シクロヘキサン誘導体を一工程で合成できる有用な手法です。
しかし、芳香環は共鳴エネルギーによって安定化されているため、その還元には一般に高温・高圧もしくは酸性・塩基性条件が必要となります。 実際に、工業的には高圧水添法が汎用されており、未だ改良の余地(経済面・安全面等)が残されています。
当研究室で種々条件の検討を行った結果、比較的穏和な中性条件下、芳香環の還元が容易に進行することを明らかとしました。 本法は、溶媒として水を用いた触媒反応であるため環境負荷低減型の反応でもあります。 更に、種々の基質にも応用できることから、現在の工業的芳香核水添法の代替法としての応用が十分に期待できる手法です。