最古の薬科大学 ~歴史と伝統 ①九重(ここのえ)

昭和初期にかけて、日本全体が文化的にまた科学立国として発展するためには、自然科学をはじめ人文科学、社会科学を発展させるという機運が高まってきました。岐阜薬科大学は、日本の薬学の振興を進め、学術の中心として広く知識を広め、深く薬学に関する学理と技術を教育研究し、知的道徳的に優れ、また応用能力のある人材を養成することを目的として設立されました。また、人々への衛生に関する知識の普及に努め、社会福祉を推進し、医薬品の生産と開発を行うことにより、人々への健康福祉に貢献し、日本の国際的地位を高めることを使命としてきました。

そのような理念のもと、昭和6年、医薬、化学の知識を広め、併せて県内の資源を開発し、国民保健衛生の普及向上と化学工業の発展に寄与するため、当時の市長松尾国松氏の発議により市議会において本学設立の議決されました。昭和7年4月に、岐阜薬科大学の前身である岐阜薬学専門学校が、市立として全国に先駆け岐阜市九重町3丁目に創立されました。以来順調な発展をたどり、昭和24年3月学制改革に伴い岐阜薬科大学として新しく発足し、昭和28年4月には大学院(修士課程)を、さらに昭和40年4月には博士課程を設置しました。

沿革

最古の薬科大学 ~歴史と伝統 ②三田洞(みたほら)